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半熟三昧(ジャズ味) このページをアンテナに追加

2016-10-16ジャズが好きなのかなあ

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気がつくと25年ばかりジャズをやっているわけです。セッションに行ったり、ライブやったり、たまにはビッグバンドをやったりなんですけれども、やればやるほど「ジャズ」という言葉内包される音楽境界というのはわからない。

 どんな領域のことでもそうだけど学問的な話をする時にはまずは「定義から始めるもんです。語義を定義して、対象範囲を明確にしてから議論を行う。けど、ジャズに関して言えば、この「定義」こそがもっともむずかしいんじゃないかという気さえする。

 例えば、アフロアメリカンの粘るビートグルーヴスウィング感とか、そういうのは私も当然好きなわけですけれども、でもじゃあボサノバはどうかというと、ボサノバも好きなわけです。自分ライブするときには、セットリスト結構ボサノバとかサンバとか入れてる。ジャズボサノバはやるけど、じゃあボサノバジャズかっていうと、それけっこう微妙な話なんである

 そういうことをふまえて深く考えると、

僕が好きなのは本当にジャズなの?

と自問自答してしまうわけです。少なくともブルーグラスの人がブルーグラスを好きなようには、僕はジャズが好きじゃない。多分。

 この話は学生の時に散々考えたが、あまり明確な答えも出ず、最近演奏することをまあ優先させてあまり考えないようにしていたのだが、最近思うのは、僕は「ジャズ」が好きなんじゃなくて「リードシート・システム」とでもいうべきジャズコンボで用いられる演奏形態が好きなんじゃないか?ってこと。

リードシート・システム

今、仮称してみたが、つまりメロディーコードフィギュア比較シンプルな「設計仕様書」を元にその場で音楽を構築するスタイルのことだ。

これの極北ジャムセッションであるが、もう少しかっちり作り込んだものも含めて、音楽の中に、ある程度自由度を残した形態だ。

 リードシートには最低限の取り決めしか書かれていない。そこから自分スタンスで音を出していかなければならない。もちろん、他のプレイヤーとぶつかることもあるし、噛み合うこともある。偶然が重なりとんでもなくいい演奏になる可能性もある反面、ちょっとしたボタンのかけちがいで、ズタズタになってしま可能性もある。

そういった意外性・ダイナミックさが、僕は好きなんじゃないかクラシックしろポップスしろロックしろ、音がなりだしてから音がおわり一曲が終わるまでの間の形は、比較的スタティックなものだが、いわゆる『ジャズ』と但し書きがついているような場合は、予定調和的な展開を裏切っても(結果いい演奏になりさえすれば)罪はない。

聴き手からすれば、あまりピンとこないと思う。ただプレイヤー立場からすると、この言葉結構便利だと思います

「ずっとクラシックやってきましたけど、今ジャズ勉強してます

と言われると、何?ジャズをお勉強?とちょっともやっとするんですけど

「今リードシート・システム勉強中です」なら、うんまあ頑張って、と言いやすいかも。

リードシートというのは簡単ものではあるが、正調のコード進行を、ちょっと記載を変えるだけでハーモニー解釈の違いまでも表現できる。しか演奏者の主体性も残したままで。

こういう玄妙さは、飽きることがない。セッションで既成の『黒本』を使っているだけでは、このリードシートシステムの面白さを堪能しつくしているとは言えない。マクロVBAを使わないエクセルみたいなもんだ。

2016-05-13バランス感覚

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バンドメンバーがこの前結婚したわけさ。

で、スピーチってほどではないんですが、なんかしゃべらなあかんかったので、その際に色々考えたことを、ここに書いてみようと思う。

おめでとうU君。

* *

 結婚したメンバーはだいぶ歳の若いピアニスト

学生時代ジャズ研でジャズを始めたが、もともとクラシックピアノ素養もあり、またジャズ的な勘どころもよかったのか、学生時代から活動も群を抜いていた。ライブハウス演奏したり、学生にしてローカルプロ活動スタートさせている。

から卒業したらてっきりプロになるもんだと思っていた。

だが、あっさりと地元市役所就職する。

バークリーにもいかないし、東京に行ったりもしない。

彼の進路を聞いた当初は随分驚いた。ずいぶんもったいない話だなと思ったし、若いが夢を追いかけたりしないのだろうか、と。

今にして思えば、国立大学留年もせず卒業しそのまま地方公務員となる、という一見「降りた」キャリアパスは、地方の篤実なご家庭の惣領として期待された責務を彼なりに果たしていたのだと思う。

ジャズプロの域に達しつつ、学業にもぬかりはなかった。キャンパスライフもほどほどにエンジョイしていたらしい。

ここまでであれば、よくある「若者が夢をあきらめた話」なのだが、結論はそうではない。

ジャズピアニストとしての活動は相変わらず盛んで、東京プロミュージシャン地方巡業を行う、その客演で引っ張りだこであるし、いわゆるプロとしてジャズライブコンスタントに行っている。

もちろんフルタイムプロ音楽家ではないので、たとえば結婚式などでの演奏ホテルラウンジなどの「おいしい」仕事はしていない。

だが、このような仕事は、音楽的に面白いものでもないのは周知の通りだ。

仕事の方でも順調で、いわゆる「釣りバカ」、仕事そっちのけで音楽に没入というわけでもないようで、つまりはきわめてバランスのとれた男なのである

* *

ジャズ場合は、面白い演奏レベルの高い演奏、は重なるところが多い。音楽的な豊穣さを追求してゆくと、どうしてもプロミュージシャンの棲息する圏域に踏み込まざるを得ない。

(ポップスロック場合は、バンド単位活動なので少し事情が異なる)

ただその反面、個人単位での活動が多いし、他のジャンル音楽のようにバンド練習を重ねて作り込んでいくという作業は少ない。ジャズマンの多くはきわめて個人的活動だ。

しかも、ジャズは、音楽だけで食うのは難しい。

集客も少ないし、単価も安い。結構難しい音楽なのに。

レベルの高さと面白さは、比較的相関するが、レベルの高さと収入は必ずしも相関しない。

東京プロとして活動するミュージシャンも、自分が真にやりたい音楽だけでやれてる人って、ごく少数で、上記のように「音楽」ではあるがその実アルバイトのようなもので糊口をしのぐのであれば、一般職の方が時間単価は高いわな。

そういうわけで、ジャズはある程度のレベルに達した後は、二足のわらじが可能ジャンルと言えるし、実際そういう人はけっこう全国にいる。

* *

ローマ人中庸というものを何よりも重んじたという、あれだ。バランスコントロールというのは人生のあり方において重要イシューである

私も地方都市に生きるディレッタントとして生き方試行している。

* *

だが、プロ活動で身を立てている一流のプロの出す凄味、というのはもちろんある。すべてを音楽にブッこむことからしか、ある種のデーモニッシュさは生み出せないのかもしれない。

プロアマの汽水域に生息する我々からみると、フルタイム(結婚式演奏とかではないやりたいことだけをやっている)のミュージシャンレベルは、やはり画然としている。

やはりそのポジションでやっている人は、近いようで、遠い。覚悟の深さも、音楽洞察の深さも、楽器コントロールも、すべて超えられない壁がある。

テニスで言えば、もし対戦したら、サービスキープくらいはできるかもしれないし、タイブレイクまでは時にはもつれるかもしれない。だけど、要所要所できっちり締めてセットは絶対に落とさせない。そういう人が、フルタイムプロになっている。

近くて遠いその存在に、死ぬほど憧れはするけども、

ただ、ハイアマチュアという領域は、totalでの社会貢献度を考えると、それなりの意味があるのだと、最近は思うようにしている。

ハイアマチュアを極めることも、とても難しいことで、そのやり方は、一流のプロフェッショナリズムの極め方とは方法論が異なる。

マネタイズから解放されるかわりに、「バランス」が要求される。そういえば、以前にミュージックライフバランス、というのを書いたことがあるな。http://jazz.g.hatena.ne.jp/hanjukudoctor/20140505

我が僚友のU君も、バランス感覚必要人生を歩みだした。

お互いにバランスジャズマンとして、切磋琢磨していこう。

2015-11-17私たちが楽器が上手くなる理由には2つあってだな その2

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前回エントリーhttp://jazz.g.hatena.ne.jp/hanjukudoctor151017では、人が音楽を続けていくには、きれいな理由だけではないということを書きました。

その人がいかに音楽が好きで音楽コミットしてゆくかというまっとうな「白理由」の他に、音楽以外の部分で、音楽に向かわざるをえない理由=「黒理由」とがある。

そうして、白歴史黒歴史の陰翳で、その人の個人史は形作られていきます


前回の話には結論というものはなかったわけですが、こうしたことを紐解いたうえで、それがどやねんということを考えてみようと思います


* * *

自分のあり方として

ある程度経歴を重ねた自分を振り返って、自分の「白歴史」と「黒歴史」は

自覚しておく方がいいんでしょうか?

私個人は、ある程度自覚した方がいいかな、と思っています

その人の「黒歴史」は、普段は抑圧している負の思い出であり、あまり棚卸しされることのない感情の澱そのものだったりするから自分の好悪や非合理な行動は、こうした「黒歴史」に無意識下に影響されていることが、しばしばあります

例えば、昔嫌いな人が好きだった文物場所、人に対して、無条件に嫌いな感情付与されたりだとか。

* * *

もし自分の「黒歴史」を言語化し、分析することができれば、非合理な好悪はある程度コントロールすることが出来るかもしれない。その結果、ほんとうは嫌うべきでないものを嫌わずにすむのかもしれません。

Closed MindからOpen Mindになることで、少し音楽の見え方が変わることがあります。もし「黒理由」がそれを阻んでいるとしたら、こだわりをすてることは必ずプラスにはたらクでしょう。

* * *

ジャズという音楽は、比較分析的なジャンルであり、自己分析が、本質的音楽の才能を傷つけることは少ないように思われます

ただ、例えばそうした過度の分析感情クレンジングマイナス作用することは確かにありえると思います。例えば、作詞作曲などのクリエイティブ領域は、過度に分析であることが影響を与えてしまう可能性はあるかもしれない。*1

パッションは、理性の冷風に当てることで、よくなることもあるけれども、悪くなることもありうる。歌詞などは、過度に説明的であったり整合性などを気にすると面白くなくなることもあるから

自身はどちらかといえば分析的な人格で、分析的な演奏をするんですが、そういうのを超えたデーモニッシュな演奏家に当てはまるかどうかは、正直わかりません。各人でご判断ください。

* * *

バンドとの関わりにおいて:

長く音楽活動をしていると、(ジャズでは特にそうですが)常に同じバンド所属しているわけではないが、共演歴が長く、単なる友人以上の存在であるミュージシャンが少なからずいるように思います

 自分の悩みを打ち明けたり、打ち明けられたり、しんどい時のことも知っているミュージシャンには、いわば自分の「黒歴史」の部分も知られているわけです。

 そういう存在は、腐れ縁というか、半分家族というか、単なるバンドメンバー以上の意味があります

 黒歴史・黒理由というのは、触れる時に痛みを伴うものなので、むやみに誰にでも開陳するものではないと思います。従って、そういうものを誰にでもペラペラ喋る必要はない。当たり前の話ですが。

 ただ自分黒歴史を知らしめていないメンバーに対しては、当然ながら、あくまでも社会人として節度ある行動が求められると思います自分の弱みをみせていない人に対して、弱みが理由である自分の非合理な行動が受け入れられるはずがない*2

 自分の非合理で痛い部分=「黒歴史」をも共有している関係性の深いバンドメンバーには、ある程度の「甘え」が、場合によっては許されるのかもしれない*3

 逆に、メンバーのそういう過去を知るということは、メンバーから非合理なレベルの行動に振り回されることがありうるわけです。面倒な話ですが。

その代償として深いコミットメントは得られるかもしれないが。

*1自分作曲をしないのでそのあたりの機微はわかりませんが

*2ときどき、理由が明らかにされていない共演NGがありますが、事務所所属ならマネージャーを通したりできますけど、完全に個人で動いているミュージシャン場合は、はっきり言ってそういうこという資格ないよ、と言いたくなる。

*3あくまで甘えを許すかどうかは相手の考えによることは留意してください

2015-10-17私たちが楽器が上手くなる理由には2つあってだな

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今回のはあまり生産的な話ではないです。

学生であれ、社会人であれ、プロであれアマチュアであれ、音楽を続けることによって経験は積まれゆき、程度の差はあれ、それなりに習熟してゆく。

不思議なことに、コンスタントに続けていても、上達は均等に起こらないことが多い。比較不連続ブレークスルーの繰り返し*1

誰が考えたのか知らないが、RPGレベルアップの概念はよくできていて、あれが実情に近いと思う。

* * *

例えば社会人で、短期間にメキメキ上手くなっている人、たまにいますよね。もちろんこの場合音楽が好きで没頭しているのは大前提ではあるのだが「音楽」をしている時間以外のことが、音楽の上達の理由になっていることが時にある。*2

例えば、仕事の壁にぶち当たっているとか、干されて暇だとか、家族パートナーとの人間関係に深刻な問題を抱えているとか。身も蓋もなくいえば、アイデンティティークライシスみたいなもの

また女性によくあるパターンとして、恋愛きっかけで音楽関係するというのは一定割合であります*3 *4

* * *

上手くなりたいと思って練習をする。ただそれだけ。

こんなナイーブ過ぎる理由では、社会人音楽に没頭できない。いろいろ忙しい時間を調整して、可処分時間をひねり出し、音楽従事するには、それなりの理由必要とする。

虚心坦懐に音楽に近づいてるのか、それとも、音楽抜きの世界で居場所がないからなのか。

音楽に引っ張られているのか、押し出されて音楽をやらざるをえないのか。

* * *

というわけで音楽の上達における「白理由」の背後に、しばしばその人が音楽に向かわざるを得ない「黒理由」があることがある。*5

プロ場合比較シンプルだ。上達が即、収入音楽選択肢の増加につながる。学生を含む高等遊民プロけが屈託無く音楽をすることが許される。

社会人場合「白理由」の背後に「黒理由」が透けて見えてしまうことは時にあって、その切実さは、音楽にある種の凄みや重みを付与することがある。

その凄みや重みをうまく使いこなせるかは、その人次第で、重みは、使いようによっていい風にも悪い風にも作用する。切実さ、というのは「イタさ」と同義からだ。

え?僕?

なんの話?

*1:これを理解していないと初学者の人は「踊り場」の時点で退場してしま

*2:上述の通り、経験の蓄積と上達とは少し時相がずれることは留意しておきたい

*3彼氏趣味聴く音楽が変わるというのは女子あるあるです。

*4あくまきっかけであり、別れてしまって止めるか続けるのかはその人次第だと思います

*5:多くの場合それは表面に出ることはない。というか掘り起こさないのが花だ。

2015-09-13呼吸の話

hanjukudoctor20150913

管楽器の呼吸の話はいろんな人が書いている。本でも、ネット上でも、沢山の情報に接することができる。

長らく管楽器をさわっている自分は、こういう情報にとかく辟易としていて、あまり重視してなかった。呼吸に関しては漫然と行い、それでよしと考えていた。

腹式呼吸はできてるやろ、長年やってるし。それで十分やん…という態度だったのだ。

しかし、沢山の人が書いているだけあって、呼吸は大事だよな、ということを最近痛感した。

* * *

私はどちらかといえばバップスタイルの、細かいフレーズを刻むスタイル演奏することが多く、また好きだ。

こういうスタイルではブレスのものは、楽器コントロールすべき技術のなかで優先度は低くなりがちだ。

反対に、メロディーを吹き伸ばし、朗々とうたいあげるような、いかにもトロンボーンらしいスタイルは苦手だった。バラードも苦手。

そういう特性を自認していたのだが、もしかしたら、こういったスタイルの好みは、本当は自分音楽的嗜好から発生したものではなくて、そもそも呼吸(正確にはフレーズブレス)が苦手だからフレーズを刻んだのかもしれない、と最近思うようになった。

 無意識下なのか、認知的不協和からか、そういう理由付けをしていたのだ。つまりバップが好きだからそういうプレイをしたというより、メロディアスな吹きのばしが苦手だから、そういうことにしたのかもしれない。ひょっとしたら因果律が逆かも。

* * *

私もそうだが、学生時代吹きまくっていた人は社会人になると、実際楽器吹く時間が少なくて、基礎練がおろそかになる傾向がある。単純に使える時間も少なくて、スケール練習とかを優先する判断は、あながち間違いでもあるまい。

ただまあ、ものには限度というものがあって、長年ロングトーンとかを怠ると、てきめんにパフォーマンスが下がる。

音。ロングトーン

ここが、プロアマチュアの違いの最たるものだと思う。

以前ライブ後に多田誠司さんのお話聴いたときも「セッションで一緒にやってフレーズとかで、いいなとかうまいなと思うアマはいっぱいいるけど、音で『負けた』と思わされたことは一度もないな」とおっしゃってた。本当にそうだと思う。

プロはやはりプロ堅牢な音がする。

特に一流のプロになるほど。

もちろんプロと全く同じような練習はできないけれど、そこの部分から、僕は目をそらしがちで、結果的選択肢をせばめていたように思うのだ。

* * *

かといって、とにかく大きい音で元気よく吹けばいいというものではない。プロの音は、大きかろうが小さかろうが、存在感があってきちんとはっきり聴こえる。Hunter×Hunterで言うところの『念』がこもってるんじゃないかと思えるくらいだ。

これは三塚知貴さんと話していて教えてくれたことだが、例えば、urbie green

I'm getting sentimental over youをみてみよう。

http://youtu.be/odr78mOtU8g

YouTube で見ている限り、4小節以上をワンブレスで吹いている。

実に朗々とメロディーを吹き上げており、休符にも無駄がない。

こんな風に僕はふけるかというと、今は吹けない。

でも、こうでないと、メロディーが歌えていることにはならないんだと思う。メロディーラインをしっかり意識し、可能であれば歌詞の把握した上で、息継ぎを行う。

アマチュアブレス無駄に多い人は結構いると、僕も思う。

こういうことを意識してテーマの練習をしようと思う。